録画映像再生
※本会議の録画映像をご覧いただけます。
eyJwbGF5ZXJLZXkiOiJjYmJlMDljOS0yYzc0LTQwNDEtOWJkNC1iYjZlY2UzYjk0MDAiLCJhbmFseXRpY3NLZXkiOiI5ZWM4YTVlMS1lNWNkLTRkMzUtYTFlMC0wOTE4MWYzOTQwMDYiLCJpc0xpdmUiOmZhbHNlLCJ0aXRsZSI6InNoaW1hZGEtY2l0eV8yMDI2MDkwMV8wMDQwX21hdHN1bW90by1ha2lyYSIsInBsYXllclNldHRpbmciOnsicG9zdGVyIjoiLy9zaGltYWRhLWNpdHkuc3RyZWFtLmpmaXQuY28uanAvaW1hZ2UvdGh1bWJuYWlsLmZpeC5qcGciLCJzb3VyY2UiOiIvL3NoaW1hZGEtY2l0eS5zdHJlYW0uamZpdC5jby5qcC8/dHBsPWNvbnRlbnRzb3VyY2UmdGl0bGU9c2hpbWFkYS1jaXR5XzIwMjYwOTAxXzAwNDBfbWF0c3Vtb3RvLWFraXJhJmlzbGl2ZT1mYWxzZSIsImNhcHRpb24iOnsiZW5hYmxlZCI6ImZhbHNlIiwicGF0aCI6IiJ9LCJ0aHVtYm5haWwiOnsiZW5hYmxlZCI6ImZhbHNlIiwicGF0aCI6IiJ9LCJtYXJrZXIiOnsiZW5hYmxlZCI6ImZhbHNlIiwicGF0aCI6IiJ9LCJzcGVlZGNvbnRyb2wiOnsiZW5hYmxlZCI6InRydWUiLCJpdGVtIjpbIjAuNSIsIjEiLCIxLjUiLCIyIl19LCJza2lwIjp7ImVuYWJsZWQiOiJ0cnVlIiwiaXRlbSI6WzE1XX0sInN0YXJ0b2Zmc2V0Ijp7ImVuYWJsZWQiOiJmYWxzZSIsInRpbWVjb2RlIjowfSwic2Vla2JhciI6InRydWUiLCJzZHNjcmVlbiI6ImZhbHNlIiwidm9sdW1lbWVtb3J5IjpmYWxzZSwicGxheWJhY2tmYWlsc2V0dGluZyI6eyJTdGFsbFJlc2V0VGltZSI6MzAwMDAsIkVycm9yUmVzZXRUaW1lIjozMDAwMCwiUGxheWVyUmVsb2FkVGltZSI6MzAwMCwiU3RhbGxNYXhDb3VudCI6MywiRXJyb3JNYXhDb3VudCI6M319LCJhbmFseXRpY3NTZXR0aW5nIjp7ImN1c3RvbVVzZXJJZCI6InNoaW1hZGEtY2l0eSIsInZpZGVvSWQiOiJzaGltYWRhLWNpdHlfdm9kXzE0NjQiLCJjdXN0b21EYXRhIjp7ImVudHJ5IjoicHVibGljIn19fQ==
- 令和8年9月定例会
- 9月1日 本会議 一般質問
- 松本 晃 議員
1 中長期のまちづくりについて
静岡県は1876年(明治9年)に現在の形となり、本年で県誕生150周年を迎えた。明治期の当市では、当時の主要輸出品であった茶の生産に向けて、1869年(明治2年)に牧之原台地の開拓が始まった。翌年1870年(明治3年)に大井川川越制度が廃止され、失職した川越人足も入植した。1889年(明治22年)には、東海道本線の新橋駅-神戸駅間の全線が開業し、明治中期からは大井川流域の木材の集積地となり、島田は「木都島田」と呼ばれるほど木工・製紙業が盛えた。
当市は、江戸時代に東海道と大井川が交わる交通の要衝となる両岸の宿場が整備され、明治期から茶業や木工・製紙業などの産業が加わり、そして、各時代の先人の御決断や御尽力が積み重ねられて現在の形となっている。
第3次島田市総合計画は計画期間が8年間であるが、「市民一人ひとりが幸せを共感できる豊かなまちの実現を目指し、10年・20年先を見据える一方で、あらゆる変化に的確に対応する方策を位置付ける」として長期的な視点を示している。
各事業の時間軸をみると、公共建築物の耐用年数は60年、大規模河川の橋梁は構想から完成まで数十年単位の事業、富士山静岡空港は1987年(昭和62年)の建設決定から2009年(平成21年)の開港までに22年と、公共的な構造物は構想から完成までにも数十年かかり、完成後も長期にわたり活用されることから、一貫した中長期のまちづくりの実現には施設・構造物の立地が重要となる。
そこで、当市の中長期のまちづくりについて、各計画・事業がどのような方針のもとで構想・計画・運用されているのか伺う。
(1) 島田市立地適正化計画におけるまちづくりの考え方を伺う。
(2) 小・中学校など学校施設の立地の考え方を伺う。
(3) 大井川にかかる橋梁について、当市における要望を伺う。
(4) 富士山静岡空港周辺地域について、当市における計画・要望を伺う。
(5) 富士山静岡空港東海道新幹線新駅構想について、当市における計画・要望を伺う。
静岡県は1876年(明治9年)に現在の形となり、本年で県誕生150周年を迎えた。明治期の当市では、当時の主要輸出品であった茶の生産に向けて、1869年(明治2年)に牧之原台地の開拓が始まった。翌年1870年(明治3年)に大井川川越制度が廃止され、失職した川越人足も入植した。1889年(明治22年)には、東海道本線の新橋駅-神戸駅間の全線が開業し、明治中期からは大井川流域の木材の集積地となり、島田は「木都島田」と呼ばれるほど木工・製紙業が盛えた。
当市は、江戸時代に東海道と大井川が交わる交通の要衝となる両岸の宿場が整備され、明治期から茶業や木工・製紙業などの産業が加わり、そして、各時代の先人の御決断や御尽力が積み重ねられて現在の形となっている。
第3次島田市総合計画は計画期間が8年間であるが、「市民一人ひとりが幸せを共感できる豊かなまちの実現を目指し、10年・20年先を見据える一方で、あらゆる変化に的確に対応する方策を位置付ける」として長期的な視点を示している。
各事業の時間軸をみると、公共建築物の耐用年数は60年、大規模河川の橋梁は構想から完成まで数十年単位の事業、富士山静岡空港は1987年(昭和62年)の建設決定から2009年(平成21年)の開港までに22年と、公共的な構造物は構想から完成までにも数十年かかり、完成後も長期にわたり活用されることから、一貫した中長期のまちづくりの実現には施設・構造物の立地が重要となる。
そこで、当市の中長期のまちづくりについて、各計画・事業がどのような方針のもとで構想・計画・運用されているのか伺う。
(1) 島田市立地適正化計画におけるまちづくりの考え方を伺う。
(2) 小・中学校など学校施設の立地の考え方を伺う。
(3) 大井川にかかる橋梁について、当市における要望を伺う。
(4) 富士山静岡空港周辺地域について、当市における計画・要望を伺う。
(5) 富士山静岡空港東海道新幹線新駅構想について、当市における計画・要望を伺う。

